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さびしい光くんたち ~ 自粛月のつれづれに寄する長文


さびしいの四つの味を含(ふふ)みたる紫いろの物語あり



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さまざまな色味の藤(2017年)


「さびしい」を『広辞苑』(第四版)で引くと、二通りの漢字(寂しい・淋しい)と四通りの意味が出てくる。四つの意味の文例すべてに『源氏物語』からの引用がみられる。それらを抜き書きすると…( )は帖名。

①もとの活気が失せて荒涼とした感じがする。「いといたう荒れわたりて、さびしき所に」(末摘花)
欲しい対象が欠けていて物足りない、満たされない。「ありし猫をだに得てしがな、思ふこと、語らふべくはあらねど、傍さびしき慰めにもなつけむ」(若菜下)
孤独がひしひしと感じられる。「とけて寝ぬ寝覚めさびしき冬の夜に結ぼほれつる夢のみじかさ」(若菜下)
④にぎやかでない。ひっそりとして心細い。「院のうちさびしく人少なになりにけるを」(匂宮)



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末摘花の住む荒れ果てた屋敷。末摘花は紅花のこと。5月26日から七十二候では「紅花栄(べにばなさかう)」です。

図解代わりに大和和紀『あさきゆめみし』を引用させていただきました(①:上 ②:下)


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ありし猫をだに得てしがな……女三宮に会えない柏木は、せめて彼女の猫を得たいと願う



『古典基礎語辞典』(大野晋編)の「さびし(寂し)」の項目も参照しよう。

『源氏物語』では、零落した宮家(広辞苑①)や、光源氏亡き後の六条院などの人少なのさま(同④)の例が多い、と記されている。さらに、独り寝をしている(同③)、相手と望んでいるようなつながりが得られなくて、心が荒涼とした感じのするさまをいう(同②)、ともある。
 上記の『広辞苑』の4つの意味と対応しているのが分かる。
 同辞典によれば、「さびし(寂し)」は上代ではサブシの形で用いられた。サブ(荒ぶ)と同根。サビシは中古以降の形である。ざっくり言うと『萬葉集』なら「さぶし」、『古今集』など平安以降なら「さびし」となる。


『あさきゆめみし 星の章』(右)の裏表紙。万葉時代の星宿図が背景に描かれている。↓



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(茂吉については、小津夜景さんのブログから教わりました → 📚


 斎藤茂吉『「さびし」の伝統』によれば、『萬葉集』のサブシと『新古今集』辺りのサビシには違いがある。サブシは肉体的に切実で、人間的で、「かなし」に通じる。一方、サビシは抽象的で縹緲としており、自然の風光からくることが多い。

茂吉はここから近代短歌の「さびし」の流れへ論を進めるが、本稿では『源氏物語』に帰ってみよう。柏木の女三宮にたいする満たされぬ恋を文例とした②③が、サブシの流れを汲むことは言うまでもない。①④もまた、自然の情景というよりは、いるべき人(々)のおらぬ荒んださまを述べている。
 『源氏物語』は、『新古今集』のころのサビシよりもむしろ『萬葉集』のサブシに近い所にある。登場人物は肉体的な痛みに近い人間の苦しみを、「かなし」みを味わっている。この物語が幾度となく現代語訳され、漫画化されつつ、私たちの心にまっすぐ届くのは、そのためかもしれない。↓


②のつづき*柏木は恋患いと、光源氏への罪悪感で…女三宮のかなしみの描写は大和和紀ならでは


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 では、『新古今集』のサビシに通じるのは何か。それは「わびし(侘し)」である。『古典基礎語辞典』によれば、自分の無力に気落ちするさま、期待が裏切られがっかりするさま、やりきれない、切ない、頼りない気持ちをいう。
 「
わびし」の文例は『萬葉集』や『源氏物語』にもあるが、サブシとは質が異なる。期待外れで、切なく、頼りない「わびし」は自然の風光や草木の有様など、人間から離れた領域に属する。それは後の戦国の世から生まれる「わび」「さび」につながってゆく。これはこれで、現代の私たちと切り離せない美意識である。

「いいね!光源氏くん」最終話(NHK総合23日夜11時半~)に寄せるにしては、あまりに硬(長)過ぎ?
(^^;)藤原沙織ちゃん(↓)も、いいね!


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(NHK & amazon)

われらが藤原定家くんも、よろしく。


定家には、「若紫」をふまえたと思しき一首がある。沙織ちゃんへの恋文にも使い回せそう?

春もをし花をしるべに宿からむゆかりの色のふぢのしたかげ  定家

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by snowdrop-uta | 2020-05-23 05:23 | 本棚から(book)

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