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お花見で見るもの * flower viewing or people viewing

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上賀茂神社 🌸 Kamigamo Shrine


「圧倒的桜。平成FINAL」まで桜はおあずけのつもりでしたが…
お花見では花を見るより人を見る時間の方が圧倒的に長い、という夕刊記事を読んで
なにか綴ってみたくなりました。

According to an essay in NIKKEI on April 22th,
one sees people rather than flowers while cherry-blossom viewing.



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上賀茂神社の桜に集う人びと(お顔が写っている方がおられるので小さい図版で)

↓鎌倉時代の方がお行儀が悪いでしょうか?(『徒然草 美術で楽しむ古典文学』)

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桜を見ること。桜を誰かと一緒に見ること。桜を見る誰かを見ること。
これらは分かちがたく結びついているのだと思います。

Seeing cherry blossoms, seeing flowers with others, seeing people who see flowers:
these three acts are inseparable, I think.


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美しい桜とは一期一会。そして、そこに集う人びととの出逢いもまた一期一会です。

An cherry-blossom viewing is an once-in-a-lifetime opportunity.
And to meet people while the cherry-blossom viewing also is.



清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人みなうつくしき   与謝野晶子





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花見を始めたのは嵯峨天皇だったといいます。
桜はほんらい山野に求めるものでした。「桜狩り」という古いことばに見るように。

It was Emperor Saga that began the cherry-blossom viewing.
The cherry blossoms used to be "hunted" in fields and mountains.
There is a word "cherry-blossom hunt" like "egg hunt" .
The below poet admires flowers in a cherry-blossom hunt in Katano.



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尾形光琳「桜蒔絵硯箱」(藤田美術館蔵)は「桜狩り」を表しています。



またや見ん交野の御野の桜狩り花の雪散る春のあけぼの  藤原俊成


藤原俊成は式子内親王の和歌の師です。式子内親王は長らく斎院を務めました。
上賀茂神社の斎王桜に、式子内親王の面影をもとめて…
お花見とは、昔のひとを偲ぶ行為でもあるのです。

The above poet Fujiwara no Shunzei was a waka teacher of Princess Shikishi.
I think of the princess in this weeping cherry tree that is called Saiou.
You know, she was a Saiou in her youth.



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神やどる桜の咲くを合図としやまとの民は田起こし始む snowdrop

when cherry trees
in which the deities live
are in bloom
in fields and mountains
the Japanese people begin farmwork





🌸 とっておきの写真は usaさんの催しに… 🌸


(All Rights Reserved)

春本番!あなたのお気に入りの桜ショット2019









Commented by pikorin77jp at 2019-04-24 14:46
>神やどる桜の咲くを合図としやまとの民は田起こし始む

本当に我が里山もこの歌の通りです。

でも 神やどる桜、、というところが 凄く素敵ですね、桜の木には みんなが 磁石のように集まります。それだけの力があるんですよね。。。
Commented by snowdrop-uta at 2019-04-24 19:51
*pikoさんのところもそうなのですね!
こちらの農事は、滋賀などに比べて少し遅めですが…
カエルはしばらく前からのどかに鳴いています。

「さくら」という名前には
「田の神(さ)の座るところ(くら)」という意味があるそうです
桜の周りでは、短い花どきを共有できてよかった!とみんなが笑顔になりますね。^^
Commented at 2019-04-25 21:38
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by milletti_naoko at 2019-04-27 00:14
俊成のこの歌を見ると、歌を引用したドナルド・キーン氏の随想を思い出します。
そして、「忘れじの」という歌も同時に頭に浮かびます。こんなにも美しい桜を
ここで再び愛でることができるだろうか。この幸せいっぱいのときがいったいいつまで
続きうるというのだろうか。
桜と人と言えば、徒然草の第七段、桜や月、恋についての兼好さんの随想、いいなあと
感嘆します。今はにじり寄るだけではなく、カメラまで構えていつまでもねばったりしてしまう
ので、兼好さんが見たらあきれそうですが、どのお写真の桜もみごとで美しいです。
Commented by snowdrop-uta at 2019-04-28 17:56
*naokoさん
今日は後ろから前へお返事します。
徒然草、「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは(…)男女の情も、ひとへに逢ひ見るをば言ふものかは」ですね?いいですねえ。
カメラを構えるのは絵筆をとるようなもの、兼好さんもよし、よし、と頷かれることでしょう。
鎌倉時代の荒くれ者ときたら、「ねぢ寄り」、大枝を折ってしまうんですもの!(図版を追記しました)

「忘れじの行く末まではかたければ…」幸せな恋の最中、なぜ不安ばかり覚えてしまうのでしょうね。執着心のなせるわざでしょうか。

ドナルド・キーンの『百代の過客―日記にみる日本人』でしょうか?ぐうぜん、図書館で借りてきたところです。
というのも、以前なおこさんとお話しした「土佐日記」と、歌物語『土佐日記殺人事件』とを連休中に並べて読んでみようと思い立ったものですから。

今年限りの花、というテーマで書いたことがあります。いつも今年の桜が最後かもしれないと思って眺めるんです。たとえば、一緒に見た人と再び同じ桜を見られるとは限りませんし、台風や老化で衰える木もありますから…
なおこさんが毎年写してくださる花々の変わらぬ美しさ、心強いです。
by snowdrop-uta | 2019-04-24 07:07 | 花草木に寄す(plant) | Comments(5)

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